研究開発型ベンチャーによるIPOの舞台裏。J-SOX対応を外部委託し、社内リソースを有効活用する

2024年10月、成長中の研究開発型ベンチャーが東証グロース市場へ上場した。AI音声認識やAI異音検知など、「音×AI」 による先進的サービスを提供するHmcomm株式会社(https://hmcom.co.jp/、以下、Hmcomm)だ。その上場準備を支えたのがブリッジコンサルティンググループ(以下、BCG)である。
2021年11月から、同社はHmcommのJ-SOX(内部統制報告制度)対応を支援。内部統制の整備・文書化や整備状況・運用状況の評価などをサポートし、専門ノウハウと人的リソースを補完した。ときにはHmcommと監査法人の間に入り、調整役も果たしたという。どのように両社が連携して、IPOを実現したのか? J-SOX対応に関わるキーパーソン4名を取材し、上場準備の舞台裏にせまる。

大学在学中から、税理士事務所で税務・労務手続きの業務に従事。2005年よりITベンチャーへ転じ、管理部長、内部監査室長、取締役CFOを歴任。2013年、株式会社ALBERT(現:アクセンチュア株式会社)に入社。執行役員CFOとして、2015年の東証マザーズ上場に貢献する。2017年にGU経営総合事務所を設立し、社外CFOなどのコンサルティング業務を開始。2018年、Hmcomm株式会社に入社。翌年に取締役CFOに就任し、財務戦略の立案や内部管理体制の整備などに従事。2024年に同社が東証グロース市場に上場し、2度目のIPOを経験する。

2004年、第一三共株式会社に入社。2010年、有限責任監査法人トーマツに入所。金融事業部にて、金融機関の会計監査業務などに従事。2022年にHmcomm株式会社へ入社し、経財部の部長に就任。財務・経理業務のほか、上場準備のロードマップ策定や内部統制の整備などに従事。監査法人で培った経験と知識を活かし、同社の株式上場を支える。

2009年、有限責任監査法人トーマツに入所。多業種の会計監査業務、内部統制監査業務に従事。独立開業を経て、2021年にブリッジコンサルティンググループへ入社。入社後は主に内部監査、J-SOX、決算開示支援、申請書類作成支援などのPJを統括。“わかりにくいを、わかりやすく”をモットーに、クライアントの課題をわかりやすい言葉に置き換え一緒になって課題解決していくことに喜びを感じる。

2004年、有限責任監査法人トーマツに入所。多業種の法定監査業務、株式公開および内部統制構築の支援業務に従事。2008年、GCA(現:フーリハン・ローキー)グループに入社。国内外の幅広い業種のデューデリジェンス業務や企業価値の評価業務などに携わる。2011年、基師亜(上海)投資諮詢有限公司に出向。日中企業の資本提携などに関するデューデリジェンス、企業価値評価、契約交渉サポートなどの業務に従事。2014年の帰任を経て独立開業し、2020年より、提携パートナー会計士としてブリッジコンサルティンググループ株式会社に参画。
産総研の技術移転を受け、音声認識や異音検知のプロダクトを開発

Hmcommの創業は2012年にさかのぼる。三本幸司氏(現:代表取締役CEO)がシステム開発会社から独立し、H&Mコミュニケーションを設立した。2014年6月に現社名に変更した後、転機が訪れる。同年8月、日本最大級の研究機関から「※産総研技術移転ベンチャー」に認定されたのだ。
※産総研技術移転ベンチャー:国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)の研究成果を活用した事業を行う企業に対し、付与される称号。これを付与された企業は、産総研から一定期間の経営支援(知的財産権の実施許諾、研究設備の貸与、専門人材やイベントの紹介など)を受けられる。
この認定により、音声認識の技術や特許使用権、産総研の研究者などを獲得。2016年にコールセンター向けAI音声認識プロダクト「Voice Contact」をリリースする。2018年には、音の特徴を捉えて異常を早期発見するプロダクトの研究開発を開始。現在の取締役CFOである木野英明氏も参画し、第三者割当増資による資金調達を行った。
さらなる成長のためには、優秀な人材の確保や研究開発費の投資が欠かせない。出資者の期待に応えるためにも、2019年から上場準備に取り組む。AIベンチャーでIPOを経験した木野氏が中心となり、社内規程や内部監査の体制などを整えた。
IPO経験者がJ-SOX対応をアウトソースした理由
その一方、通期の業績目標を達成できず、予実管理が難航する。コロナ禍の影響を受け、2020年12月期は減収減益を余儀なくされた。しかし、翌期にはAI音声認識プロダクトの売上が増加。データ解析によるAIソリューション事業も成長軌道に乗り、予実のギャップが埋まるようになった。
上場準備に関して、残された課題は数えるほど。そのひとつがJ-SOX対応だ。当時は組織体制の発展途上であり、管理部門の人員は少ない。内部統制に精通したメンバーもいなかった。
木野氏 「私はIPOを経験しているので、J-SOX対応の業務量や粒度を把握しています。規程整備や内部監査とは異なり、社内のメンバーだけでは対応が難しいと感じていました。かといって、中途採用には時間がかかります。当時は早期の株式上場をめざしていたので、アウトソースの一択でしたね」
同氏はJ-SOX対応に強い専門企業を調査する。そこから有力候補を2社にしぼり、それぞれ面談。提案内容を比較検討し、BCGへの依頼を決めた。
将来の事業拡大を見据えた3点セットを作成
2021年11月、BCGによる支援が始まる。プロジェクトマネージャーの髙根雅寛氏と※パートナー会計士の溝口雅彦氏らがチームを組成し、内部統制の整備・文書化をサポートした。まずHmcommへのヒアリング内容をふまえて、評価範囲の原案を作成。監査法人とのミーティングにも同席した。
※パートナー会計士:BCGと業務委託契約を結んでいる公認会計士等。同社が運営するワーキングプラットフォーム「会計士.job」には5,200名以上(2025年2月時点)のプロフェッショナル人材が登録しており、顧客企業の課題解決に適した公認会計士らが各プロジェクトにアサインされる。
BCG髙根氏 「上場準備の初期段階では、監査法人とのミーティングが頻繁に開かれます。その際のすり合わせも含めて、当社が間に入って支援しました」
木野氏 「監査法人による丁寧な検討を経て、最終的にはシンプルな評価範囲に決着しました。BCGのおかげで、うまくまとまりましたね」
次は基本計画の策定を経て、内部統制の文書化に取り組む。いわゆる3点セット(業務記述書・フローチャート・リスクコントロールマトリクス)の作成だ。BCGは担当者に業務の流れをヒアリングし、業務記述書やフローチャートのたたき台を作成。それを再び担当者にチェックしてもらい、証憑書類と照合しながら細部をブラッシュアップしていった。
そんな作業を3ヵ月ほど繰り返し、統制文書の原案がまとまる。各プロセスの共通項を抽出し、新たなサービスが生まれても包括できる枠組みを構築した。
BCG溝口氏 「成長中のベンチャーでは、今後も数多くのサービスが生まれる可能性があります。その度に3点セットを作成したり、修正したりするのは手間ですよね。そんな運用管理の負担が増えないように、汎用性の高い統制文書を作成しました」
統制と効率の適切なバランスを求めて、監査法人と協議
3点セットの肝は、リスクコントロールマトリクスである。これは業務プロセスにおいて想定されるリスクと、それに対応するコントロール(統制活動)が記載された一覧表。この内容によって、統制の強度と効率性のバランスは変動する。
実際、キーコントロール(統制上の要点)の選定などに関して、Hmcommと監査法人に見解の相違が生じた。そこでBCGが間に入り、落としどころを探る。最終的には監査法人の要請を受け入れ、統制に重点を置く3点セットが完成した。
BCG溝口氏 「意見交換せずに監査法人の要請を丸吞みするのは、必ずしも賢明ではありません。先方に『内部統制への理解が浅く、主体性がない』と疑われかねないからです。私たちは健全な議論を積み重ねたからこそ、監査法人の信頼を得られたと感じています」
この文書化協議を続けていた頃、Hmcommに不安材料が生まれていた。管理部門の中心人物が離職することになったのだ。同氏はJ-SOX対応をはじめ、多岐にわたる業務をこなす有能な人物。少数精鋭の組織にとって、その穴は極めて大きい。
2022年4月、後任として土屋学氏が入社する。同氏は事業会社と監査法人で経験を積んできたが、すぐに大きな穴は埋まらない。その後も経財部の人員を拡充し、上場準備と決算の体制を安定させた。
土屋氏 「通常の月次業務や証券会社の対応など、経財部は大量の業務を抱えており、J-SOX対応を計画的に進めるのは大変です。BCGには当社の必須業務と実施時期を整理してもらい、プロジェクト管理を支えてもらいました。実務面も含めて、かなり助けられましたね」
制度改訂や業界動向などの重要情報をアップデート
2023年1月、同社は直前期に入る。土屋氏とBCG溝口氏が中心となり、内部統制の整備状況と運用状況の評価を開始した。必要な証憑書類が多く、その収集や確認業務の負担は大きい。ここでのBCGの役割は、膨大な実務を支援すること。そして将来の内製化を見据えて、評価業務の詳細を伝えることだ。
土屋氏 「当社は人的リソースだけでなく、専門ノウハウも不足しています。BCGには、業務の進捗や検討過程などを適時に報告してもらいました」
同年4月、J-SOXに関する新たな動きが明らかになる。金融庁より同制度の改訂が公表されたのだ。適用時期は2024年4月1日以降に始まる事業年度から。それが自社にどのような影響を及ぼすのか? どのような対応が必要なのか? 多忙な土屋氏はBCGに相談する。
土屋氏 「改訂自体は耳にしていましたが、知識のアップデートが追いつかず、詳細はわかりません。そこでBCGに詳しい情報を教えてもらいました」
BCG溝口氏 「改訂による大きな影響はないと一般的には言われているものの、髙根さんや会計士仲間から、監査法人としてもまだ手探りな部分があり、監査法人によっては追加対応を求めてくると聞いていたため、具体的なアクションを助言しました」
BCG髙根氏 「当社は豊富な支援実績と業界ネットワークを有しており、大手・中堅監査法人の動向を把握しています。その情報を早期に提供できることも、私たちが支援する価値でしょう」
名実一体の内部統制を整備・運用し、上場審査を通過

1年間の評価と改善を経て、ついに申請期を迎える。ログ管理などのIT統制も機能し、順調に内部統制の構築は進んでいると監査法人からも認識され、上場審査においても、同分野の指摘事項はゼロ。そして2024年10月、Hmcommは東証グロース市場へIPOを果たす。BCGの支援開始から約3年。その本質的価値は、どこにあったのだろうか?
土屋氏 「内部統制の体裁を整えるだけなら、当社だけで可能だったかもしれません。でも将来の円滑な運用を考慮した上で、内容を充実させるのは難しい。BCGのおかげで管理部門のみならず、営業や技術部門にも内部統制の重要なポイントを伝えられました」
木野氏 「BCGなしの上場準備は想像できません。仮に社内だけで対応していたら、相当苦労したでしょう。専門家が伴走してくれると心強いので、当分の間は支援をお願いするつもりです」
晴れて上場したHmcommは、その知名度や信用力が向上。資金調達によって、事業投資の選択肢も増えた。今後はさまざまな業界の大手企業と連携し、共創プロジェクト(課題解決型の研究開発)の増加をめざす。さらに、そこで育まれたAIソリューションを標準化し、次世代のプロダクトへ結実させるという。
木野氏 「この分野は変化が早く、生成AIが進化を続けています。当社は新たな知見を採り入れながら、AIの分野でも市場をけん引したい。そして『音×AI』 のスペシャリスト集団として、広く社会に貢献したいですね」
取材・執筆/高橋 雄輔
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