岡山の中小企業がTPMに上場。その準備中に直面した問題と解決法とは?
IPOは都市部の大企業やスタートアップだけに許された特権ではない。地方の中小企業に対しても、株式市場の門戸は開かれている。その門を潜り抜けたのが、岡山県玉野市に本社を置く株式会社NICS (https://www.nics.ne.jp/、以下、NICS)だ。ソフトウェアの受託開発を行う同社は※TOKYO PRO Market(以下、TPM)上場を計画。1974年の設立から半世紀を経て、2024年8月にIPOを果たした。
その背景には、ブリッジコンサルティンググループ(以下、BCG)の手厚いサポートがある。BCGは経営者の身近な相談相手として、上場準備の初期段階から伴走。関係機関の紹介、会計制度の整備、内部監査、株価算定などをワンストップで支援した。NICSのオーナー経営者とBCGのプロジェクトマネージャーに取材し、IPOの舞台裏にせまる。
1991年、キヤノン販売株式会社(現:キヤノンマーケティングジャパン株式会社)に入社。2000年、株式会社日本情報管理システム(現:株式会社NICS)に入社。取締役を経て、2004年に代表取締役社長へ就任。同社の業績不振を立て直し、成長軌道に乗せる。2024年8月、東証が運営する TOKYO PRO Market に株式を上場。AI 活用やオフショア開発を推進し、質の高いサービスの効率的な提供をめざしている。
有限責任監査法人トーマツにて、会計監査や株式上場支援、内部統制の構築支援など、様々な業務を経験。2011年の東日本大震災を機に、岡山県へ移住する。事業会社を経て、税理士法人で税務申告や税務相談業務に従事。2019年、ブリッジコンサルティンググループ株式会社に入社。中四国・九州地方を中心にコンサルティング業務に従事。都市圏にはない様々な課題がある地方企業において、クライアントのニーズを素早くキャッチし、ワンストップサービスによる解決をめざす。
港湾物流システムの開発を軸に成長。大都市圏の顧客開拓へ
NICSは半世紀の歴史をもつIT企業だ。船舶配管工事会社の電算室が分離・独立し、1974年に日本情報管理システム(現:NICS)を設立。大手造船会社の港湾物流システムをはじめ、さまざまなソフトウェア開発やハードウェア販売などを開始した。
その後はバブル景気を経て、新規事業に失敗。その後も低迷が続き、経営を再建するため、創業家の山根慎一郎氏が2004年に代表取締役社長へ就任する。同氏は「おおいなる下請け」という創業の原点に立ち返り、会社を再び成長軌道に乗せた。
転機は2019年に訪れる。ベトナムへのオフショアを実施し業績を伸ばした途端、M&Aの大手仲介会社の担当者が訪問してきた。その際大手M&A仲介会社から意外な提案を受ける。事業継続の有力な選択肢として、TPMへの株式上場を示されたのだ。
山根氏 「一般市場と異なり、TPMには利益額や時価総額などの形式基準がありません。当社の身の丈に合った上場ができると考え、本格的に検討を始めました。上場すれば信用力が上がり、大都市圏の新規顧客を開拓しやすくなります。また、地元岡山の優秀な人材を採用するためにも役立つでしょう」
BCGの業界ネットワークを活用し、証券会社や監査法人を選定
2020年からNICSは上場準備に取り組む。しかし、地方の中小企業はIPOに関する情報や人脈が乏しく、何から始めればいいかわからない。IPO経験豊富な信託銀行に相談すると、IPOを総合支援するBCGを紹介された。対応したのは福岡事務所・広島事務所の所長を務める谷口康平氏。この出会いが後の良縁につながっていく。
次は「J-Adviser」の選定に着手する。これは一般市場における主幹事証券会社のような存在。上場準備の助言・指導にくわえて、東証の代わりに上場適格性の調査・確認などを実施する。山根氏はJ-Adviserに認定されたばかりの中堅証券会社にJ-Adviser契約を打診し、協議を始めた、そんな折にコロナ禍が訪れ、協議は長らく中断する。
その後もその証券会社から音沙汰がなく、山根氏はBCG谷口氏に相談。すると、TPM主幹事の実績豊富なフィリップ証券を紹介される。話はとんとん拍子に進み、同社とJ-Adviser契約を結ぶことになった。
上場準備には、会計制度の整備も欠かせない。NICSは従来の税務会計から財務会計(企業会計)に変更する必要があった。そこでJ-GAAP(日本会計基準)導入支援をBCGに依頼。会計監査に適合する決算体制を構築した。
しかし、監査法人の選定に難航する。東京の監査法人と協議を続けるうちに、地理的な問題と役員との齟齬が垣間見えたからだ。山根氏が再びBCG谷口氏に相談すると、地元岡山のイースト・サン監査法人を紹介される。同社に親身な対応を受け、ようやく監査契約にこぎつけた。
山根氏 「結果的に地元の監査法人で良かったですね。当社のような中小企業に対しても、親切に指導してくれるからです。谷口さんには素晴らしい方々をご紹介いただき、感謝しています」
公認会計士のプロジェクトチームが「内部監査室」に伴走
TPMは一般市場と異なり、内部統制報告書の提出や四半期開示が必須ではない。その他の開示書類や申請書類の作成については、関係機関の助言・指導を受けられる。必ずしも、NICSに上場準備のリソースが足りないわけではなかった。
ただし、同社には内部監査の知見がなく、実務経験者もいない。また、同分野はJ-Adviserや監査法人の支援範囲に入らない。そこで2023年1月に「内部監査室」を設置し、担当者2名を配属。次年度から自立できるように、BCGに支援を依頼した。
まずはBCG谷口氏と実務担当の※パートナー会計士がプロジェクトチームを組成。キックオフミーティングを開き、山根氏と内部監査担当者に年間スケジュールなどを示した。次の段階は、予備調査と監査計画。BCGが各部門の責任者に対するヒアリングを主導し、内部監査の計画書と手続書(チェックリスト)を作成した。
監査実務のナレッジを共有し、新任担当者の自立を支援
その後、両社が協働して内部監査を実施。NICSのメンバーから疑問や不明点が生じる度に、BCGが回答してナレッジを伝えていった。特に難しいのは、課題の見極め。被監査部門のどんな点が指摘事項に該当し、どう改善すべきなのか? 具体的なケースについて、その判断基準と是正措置などを説明した。
山根氏 「BCGの方々は高圧的な態度が一切なく、内部監査担当者と良好な関係を築いてくれました。丁寧に指導してくれるので、当社のメンバーも非常にやりやすかったと思います」
内部監査のナレッジを共有する機会は他にもある。毎月1回の定例報告会だ。出席者はBCGチームと内部監査室の計4名。ときには代表の山根氏も同席し、内部監査の進捗状況や課題などを確認した。その際に、改めて不明点を解消したという。
BCG谷口氏 「日々の監査実務と月次の報告会を通じて、内部監査室の方々の理解が深まっていきました。最終的な報告書をまとめた期末には、引継ぎの不安を感じませんでしたね」
山根氏 「今期は当社だけで内部監査を行っています。前期の計画書や手続書などの書類一式がそろっているので、それほど難しくはありません。他部署のメンバーにも兼務してもらい、クロス監査を実施しています」
中立的な株価算定を通じて、ステークホルダーの利害を調整
2024年1月から申請期がスタート。前年に地元の信用金庫からCFOを迎え入れており、準備は万全のはずだった。しかし、新たな問題が起こる。第三者割当増資による資金調達を行うため、ステークホルダーの利害を調整する必要が生じたのだ。出資者は大阪中小企業投資育成。投資先の安定株主として、中堅・中小企業の成長を支援する公的機関だ。
NICSは2022年に別の出資者から資金を調達した経緯があり、今回もその際と同じ引受価額(1株あたりの買取金額)を予定していた。しかし、この株価は当時の企業価値をもとに算定されたもの。証券会社はその後の業績伸長やTPMの投資家ニーズなどを考慮して、より高い公開価格を見込んでいた。
NICSにとって、新たな出資者も証券会社も重要なステークホルダー。どちらか一方に肩入れせず、双方が納得できる落としどころを見つけたい。そこで再びBCG谷口氏に相談し、バリュエーション(企業価値評価)を依頼。中立的な立場から、適正な株式価値を算定してもらった。
山根氏 「BCGは多数の公認会計士を抱えており、バリュエーションの実績も豊富です。対外的な信頼性が高いので、『BCGが算定した株価なら妥当だろう』と関係者が受け止めてくれます。実際、その株価が基準となり、出資者と証券会社に歩み寄ってもらえました」
同年4月、大阪中小企業投資育成を引受先とする第三者割当増資が決定。NICSは総額1,800万円の資金を調達し、経営基盤を強化した。
助言だけではなく、質の高い成果物を出すコンサル会社
株価をめぐる協議と並行して、J-Adviserによる上場審査も進む。内部監査に関する指摘は受けなかったが、それ以外にも上場適格性に関する確認事項は多い。NICSは関連当事者取引の整理、新たな会計基準の導入など、さまざまな審査対応に追われた。
その後は多数の指摘事項を解決し、上場審査を通過。2024年8月、TPMに株式を上場した。岡山県では23社目の上場企業。改めて振り返ると、BCGはどのような役割を果たしたのだろうか?
山根氏 「世の中には口先だけのコンサル会社もありますが、BCGは違います。当社の困りごとに親身に対応し、質の高いアウトプットを出してくれました。しかも、IPOに関する支援範囲が幅広い。関係機関の紹介や株価算定も含めて、非常に助かりました」
BCG谷口氏 「お金をいただいている以上、不備のない成果物を提供するのは当然です。クライアントの企業規模によって、対応を変えることもありません。そのうえで『地元企業を応援したい』『信頼に応えたい』という私自身の想いもありました」
上場企業として、新たなスタートを切ったNICS。その信用力を背景に、新規顧客の開拓や人材採用を推進。成長分野である港湾物流システムの開発を拡充する予定だ。その先には、一般市場へのステップアップ上場も見据えている。
山根氏 「当社はムリのない成長を続けながら、一般市場をめざします。その際はJ-SOX対応が必要なので、改めて谷口さんに相談しているところです。今後もBCGとは長いお付き合いをしたいですね」
この記事も読まれています RECOMMEND
株式会社ホットランド
飲食
「築地銀だこ」のIPOを支えた公認会計士たちの話 - IPO準備にとって大切なこと -
株式会社すかいらーく
飲食
すかいらーくのIFRS上場はどう実現されたのか? - すかいらーくのIPOを支えた公認会計士たちの話 -
株式会社ビーロット
不動産・金融
設立6年で上場!注目の不動産金融ベンチャー『ビーロット』はIPO準備をどう攻略したのか!?
株式会社インターワークス
総合人材サービス
ベンチャーはいつIPOを目指すべきなのか!?インターワークスCFOがIPO準備の失敗と成功から学んだこと
株式会社RSテクノロジーズ
シリコンウエーハ再生事業
突然の事業撤退!?事業承継から4年でIPOを実現した製造業とそれを支えた公認会計士たちの話
株式会社U-NEXT
映像配信
3度のIPOを実現したCFOが語る!IPO準備とCFOの在り方とは?
株式会社モバイルファクトリー
ソーシャルアプリ開発・運営
決算短信発表スピード日本3位の企業に聞く、早期決算の極意と企業成長戦略
株式会社GameWith
メディア運営
創業わずか4年でのIPOを実現したGameWith その裏側にあった確実な事業スケール
株式会社ビーロット
不動産・金融
東証一部への市場変更をどう達成したのか!?不動産金融ベンチャー・ビーロット
霞ヶ関キャピタル株式会社
不動産コンサルティング事業
東北発の自然エネルギー&不動産金融ベンチャーは設立7年での上場をどう実現したのか!?
AI CROSS株式会社
ITサービス・ツール開発
スピンアウト創業からのマザーズ上場を果たしたAI CROSS
株式会社ランディックス
不動産テック
「不動産×IT」でマザーズ上場を果たしたランディックス 。上場に至るまでの苦労と支援した会計士の話。
月刊ビジネス法務5月号 IPO特集
雑誌対談特集
IPOに向けた法令・ガバナンス上の実務的課題【村田雅幸×尾下大介】
株式会社テクノスピーチ
ソフトウェア開発
名工大発ベンチャーが5ヵ月間でシリーズA資金調達に成功。その裏に隠された成長ストーリーとは
株式会社ビジコンネクスト
保険コンサルティング
地方発ベンチャーの”ネクストチャレンジ”。社外CFOのサポートを受け、戦略的な資本政策を立案
Retty株式会社 CFO 土谷祐三郎氏
グルメプラットフォーム運営
IPO準備中の起業家、CFOを目指す会計士、必見!!IPO準備会社で必要となるCFOの心構えとは?(前編)
Retty株式会社 CFO 土谷祐三郎氏
グルメプラットフォーム運営
IPO準備中の起業家、CFOを目指す会計士、必見!!IPO準備会社で必要となるCFOの心構えとは?(後編)
株式会社スリーシェイク
SRE支援事業
SREで革新を起こすテック系ベンチャー。ファイナンス面のサポートを受け、5億円の資金調達を実現
株式会社プログリット
英語コーチングサービス及びサブスクリプション型英語学習サービス
創業6年でIPOを実現!上場準備を支えた内部監査の“戦略的アウトソーシング”とは?
株式会社ナレルグループ
建設ソリューション事業及びITソリューション事業
アウトソーシングを活用して、効率的に内部管理体制を構築。計画通りのIPOを果たす
レジル株式会社
分散型エネルギー事業、グリーンエネルギー事業、エネルギーDX事業
外注と内製を機動的に使い分け、IPOを実現。内部監査の責任者が交代しても、十分な品質を担保する