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2020年5月7日

名工大発ベンチャーが5ヵ月間でシリーズA資金調達に成功。その裏に隠された成長ストーリーとは

世界最先端の音声関連技術を開発しているベンチャーが日本にある。この分野で世界的に著名な米カーネギーメロン大学、英エディンバラ大学と同等の研究レベルを誇る国立大学法人名古屋工業大学(以下、名工大)から生まれた 株式会社テクノスピーチ だ。同社は音声・歌声合成に関する特許技術をもとに多数の企業をサポート。カラオケの歌声補助機能や音声創作ソフト、バーチャルアーティストなどに技術を提供している。

転機が訪れたのは2018年12月。革新的な歌声合成技術を発表したところ、問い合わせが殺到したのだ。当時の同社は資本金300万円、従業員数10名程度の小所帯。研究成果の事業化を進めるためには、経営基盤の強化が欠かせない。そこで2020年4月、ベンチャーキャピタル(以下、VC)2社からシリーズAの出資を獲得した。

円滑な資金調達を可能にした要因は、同社の高い技術力だけではない。その裏側には、経営陣を支える‟社外CFO”の存在があった。彼らへの取材をもとに、資金調達と企業成長ストーリーをひもといていく。

大浦 圭一郎
株式会社テクノスピーチ 代表取締役 / 名古屋工業大学大学院工学研究科 特任准教授 大浦 圭一郎

1982年、愛知県生まれ。2001年に名古屋工業大学に入学、2005年に同大学院に進学。徳田恵一教授に師事して、音声認識および音声合成の研究に携わる。音声合成の基盤ソフト「HTS」をはじめ、複数のソフトウェア開発の中心メンバーとして活躍。大学院在学中の2009年に株式会社テクノスピーチを設立し、徳田氏と共同の代表取締役に就任。卒業後も研究に携わり、2017年に同大学院の特任准教授に就任。2013年、日本音響学会「独創研究奨励賞板倉記念」を受賞。2020年3月、情報処理学会「マイクロソフト情報学研究賞」を受賞。

徳田 恵一
株式会社テクノスピーチ 代表取締役 / 名古屋工業大学大学院工学研究科 教授 徳田 恵一

名古屋工業大学工学部卒業。東京工業大学大学院の総合理工学研究科博士後期課程修了。工学博士。2004年、名古屋工業大学大学院の教授に就任。その後、米カーネギーメロン大学言語技術研究所の客員研究員、Googleの客員研究員などを歴任。2009年に株式会社テクノスピーチを設立し、大浦氏と共同の代表取締役に就任。2012年、文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞。2020年4月、紫綬褒章を受章。現在は名古屋工業大学大学院の工学研究科教授、および国際音声言語技術研究所代表を務める。

大庭 崇彦
ブリッジコンサルティンググループ株式会社 取締役ファウンダー / 公認会計士 大庭 崇彦

同志社大学法学部卒業。2006年に公認会計士試験に合格後、有限責任監査法人トーマツのトータルサービス1部に入所。ベンチャー企業を対象としたIPO支援、内部統制支援、IFRS導入支援、中国や日本の上場企業の会計監査およびコンサルティングなど、さまざまな業務を経験。2011年に「世界のリーディングカンパニーを創出する」との理念を掲げ、株式会社Bridgeを創業。現在はブリッジコンサルティンググループ株式会社の取締役ファウンダーを務める。特にアジア各地に展開する人脈、ネットワークを利用した企業成長支援に定評がある。

INTERVIEW

社会実装の模範を示すため、研究室をスピンアウト

2009年に産声をあげたテクノスピーチ。唯一無二のベンチャーが名工大から誕生した背景には、開発者の矜持と学内の機運があった。大学院生として徳田研究室の中心メンバーだった大浦圭一郎氏はこう述懐する。

「私たちが音声合成システムの基盤ソフトを無料で全世界に公開したところ、多くの企業が利用してくれました。でも技術的ポテンシャルの一部しか活かされず、もどかしさを感じていたんです。だったら、自らの手で‟社会実装の模範演技”を見せたいと考えました」

大浦氏を指導する名工大教授の徳田恵一氏も会社設立を後押しした。

「教員向けの相談会やインキュベーション施設など、あの頃は学内で起業支援の仕組みが充実してきた時期。研究成果を世の中に出しやすいように、会社というハコをつくったのです」

音声関連技術の分野で世界最先端の研究レベルを誇る名古屋工業大学

両氏が代表取締役に就任し、テクノスピーチの歩みが始まる。方針として積極的な営業開拓はせず、数年間は開店休業状態だった。事業活動が活発になったのは、設立5年目の2013年から。カラオケJOYSOUNDの歌唱補助機能、音声創作ソフト「CeVIO Creative Studio」など、他社への技術提供が活発化していった。

音声創作ソフトウェア「CeVIO Creative Studio』。発声させたい音声・歌声をテキスト入力し、声の大きさや速さ、感情などを調節して音声データを生成できる。この根幹技術の開発にテクノスピーチが携わっている。

2014年には、初の従業員を採用。その後も少しずつ増員し、故人の歌声を再現したバーチャルアーティスト、介護施設向けロボのカラオケアプリ、AIキャラクターの立体サイネージなど、技術の活用分野は広がりをみせる。

INTERVIEW

9年目の技術革新。AIエンジニアの採用資金が必要に

外部からの資金を求める契機になったのは、2018年12月に発表したプレスリリースだ。その要旨は、深層学習などのAI技術によって極めて高精度な歌声合成を実現したというもの。バーチャルシンガー特有の無機質な音声ではなく、人間の声質やクセも含めた自然な歌声を再現したのだ。

徳田氏 新技術の革新性がSNSで拡散され、瞬く間に評判が広がりました。企業からの問い合わせも殺到し、おもしろい案件が寄せられましたね」

大浦氏 「案件を実現するため、そして最先端の技術開発を続けるためには、人的リソースが足りません。とはいえ、優秀なAIエンジニアを雇うには資金が必要です。グローバル企業では、年収数千万円レベルの人材なので」

実際、エンジニア採用ではGoogleやMicrosoftなどの巨大IT企業と競合する。大学発ベンチャーが次のステージに上がるためには、多額の資金が必要な状況だった。時を同じくして、投資家や金融機関からのアプローチも急増したという。

徳田氏 「当初は戸惑いました。彼らが私たちをダマそうとしているのか、助けようとしてくれているのかさえ、わからなかったからです」

各社と話し合いを重ねるうちに、疑心暗鬼は消えていった。しかし、どこから出資や融資を受ければいいのか? 技術ひと筋の両氏は選び方も進め方もわからない。増え続ける商談に忙殺されるなか、悩みは深まるばかり。社内に財務の専門家もおらず、ある証券会社に相談したという。

徳田氏 「その際にブリッジコンサルティンググループ(以下、BCG)を紹介されました。私たちの状況を見かねて、エキスパートの力を借りるべきだと考えたのでしょう」

INTERVIEW

『社外CFO』が事業計画や資本政策の立案をサポート

資金調達プロジェクトが始まったのは2019年11月から。BCGメンバーの担当公認会計士が‟社外CFO”として参画した。コンサルタントではなく、非常勤によるCFOの役割である。まず着手したのは、事業計画の策定。第三者から出資を受けるためには、具体的な事業計画が欠かせないからだ。

数多くのベンチャー、IPO支援を通じて上場企業を輩出している ブリッジコンサルティンググループ株式会社

大浦氏 「私たちは研究者の思考回路なので、最初は抵抗を感じていました。論文などの客観的根拠を示さずに、未来の数字なんて発表できないと」

そこでBCGメンバーは、投資サイドの論理や事業計画の性質・意義をていねいに説明。代表者ふたりの理解を得ながら、資金調達を見据えた形式に整えていった。

BCG大庭氏 「VCには銀行系・証券会社系・独立系など、さまざまな出資母体のカルチャーがあります。そういった調達先候補の特性を踏まえて、キャピタリストとのコミュニケーションが円滑に進むように配慮しつつ、最終的には投資委員会を通りやすいような成長ストーリーを描きました。そして、投資家のリスクに見合う調達バリュエーションの設定、合理的に説明できる事業計画づくりをサポートしました」

事業計画と双璧をなす資本政策の立案。今回のポイントは敢えて種類株による調達を回避し、普通株による設計としたことにある。種類株とは、普通株と異なる権利内容をもつ株式のこと。通常、VCから出資を受ける際は「残余財産分配権並びにみなし清算条項」が組み込まれた種類株設計を求められるケースが多い。

その目的は発行体側がIPOではなく、M&Aを選択する際のリスクヘッジのためだ。投資先が当初想定した企業価値に満たない場合のEXITを選択したとしても、効率的にリターンを確保できるメリットがある。

BCG大庭氏 「私たちのビジョンは理想の世界観の実現なので、将来の選択肢を株式上場だけに限定したくない―という意向を両氏から伺いました。すると、種類株による調達は、経営のフレキシビリティに一定の制約をかける可能性があります。IPOへ向かう場合の影響は限定的ですが、M&Aや自社株買いを行う場合の影響が大きいんです。株主・創業者・債権者の中で、最もリスクをとった創業者の利潤が希薄化しかねません」

INTERVIEW

大手企業からの買収提案を断り、地銀系VCから資金を調達

資本政策が定まった後は、短期間で20社以上の投資家を回っていく。在京のVCは社外CFOを務めるBCG担当者がリストアップして訪問。Web会議システムを通じて、名古屋にいる大浦氏が事業計画などを説明した。普通株に限定した高難度の交渉をBCG側がリードし、調達先候補は絞られていった。

そして、2020年4月に中部地方の地銀系VC2社(OKBキャピタル、十六リース)と投資契約を締結。シリーズAの資金調達に成功する。

BCG大庭氏 「当時は新型コロナウイルスの影響により、全体としてVCの投資活動に支障が出始めた頃。そんな状況下で払込完了を無事に迎えられたのは、出資に応じてくれたVC2社の担当者の熱意のおかげです。いわゆるSaas型ビジネスでJカーブを描く収支構造のベンチャーでは、コロナ流行前に資金調達がすんでいたか、 またはコロナ流行後に資金調達活動を予定していたかによって、大きく明暗を分けています。この点、テクノスピーチは運も非常に良かったでしょう。運を逃さないことは、起業家にとって最も重要なポイントのひとつです。」

大浦氏 「約5ヵ月間という調達スピードは満足しています。じつは途中で大手IT企業からM&Aの提案を受けて、2週間ほど動きが止まったんですよ。青天の霹靂で動揺しました」

大浦氏と徳田氏は知人のツテを頼り、多数の起業家に相談した。社外CFO支援を行うBCGはメンターの役割を果たしたという。最終的な判断基準は金額ではなく、創業者の生き方。互いの経営意欲やビジョンを改めて確認し、買収の提案は断った。その大手IT企業とは、業務提携の話し合いが進んでいる。

INTERVIEW

医療や教育分野にも広がる音声関連技術

成長資金を得たテクノスピーチは、エンジニア採用を強化。音楽やゲームなどのエンターテインメント分野はもちろん、医療や教育分野にも事業を拡大する予定だ。具体的には声帯を失った患者の発声を補助するデバイス、コールセンタースタッフの会話教材などを開発中。新型コロナウイルスの影響で教育のオンライン化が進み、電子教材のニーズも高まっている。

徳田氏 「全国の教育機関に対して、今年4月から音声創作ソフトの無償提供を始めました。すでに100以上の組織に導入され、電子教材の作成などに利用されています」

全国の学校の教職員を対象に、授業動画などの電子教材制作を支援するプロジェクト。テクノスピーチから無償提供される音声創作ソフトを活用することでオンライン授業動画などを効率的に制作できる。

最近は深層学習の注文も増加しているが、あくまで受託業務。新たな事業の柱として、AI技術を用いた業務用総合音声制作プラットフォームを計画している。自社ブランドのサービスだ。

大浦氏 「従来は他社への技術提供が中心でしたが、ローリスク・ローリターンの収益モデル。今後は自社製品も開発し、さらなる飛躍をめざしています」

INTERVIEW

地域のVCや証券会社が地元ベンチャーのサポーターに

テクノスピーチの本拠は名古屋のインキュベーション施設。顧客の大半は都内の企業だが、不便な点ばかりではない。今回の調達活動を通じて、地方の良さを再発見したという。

大浦氏 「中部地方は製造業が強く、IT関係が弱い。だからこそ、地元のITベンチャーを応援するVCや証券会社の担当者が多いんです。そういう方々が仲間になってくれたのは心強いですね」

BCG大庭氏 「地域経済を支える地元のVCから最初に出資を受けたことは、結果的に良かったでしょう。首都圏以外では投資先の候補数が少なく、1件の投資に対する思い入れが強いからです。多数の案件を抱える都内の大手VCと比較すると、担当者の熱意が違います」

設立から10年以上の歳月が経ち、同社は本格的な事業化ステージを迎える。資金調達をテコに「死の谷」を乗り越え、市場の荒波が待つ「ダーウィンの海」へ漕ぎ出すのだ。大浦氏は近いうちに大学の研究室を離れ、経営に専任するという。

「私はリスクをとりますが、他人におススメはできません。経営者は従業員の家族の将来まで責任を負うもの。その覚悟がなければ、学内に留まっていたほうがいいでしょう」

客観的な助言と主体的な決断は異なる。反語的な言い回しにリーダーの強い決意が表れていた。

取材・執筆/高橋 雄輔

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